高知県立文学館

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文学館ニュース
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 大江満雄は、1906(明治39)年、幡多郡奥内村泊浦(現・大月町)に生まれました。10代半ばで、中村(現・四万十市)と宿毛が大水害に見舞われた影響で、父に連れられ親戚を頼って上京しますが、その父親もまもなく急死してしまいます。故郷と父親を同時期に失くした体験は、痛切な痛みを伴う原体験として大江の奥深いところに根差すこととなり、「四万十川」をはじめ、「雨」や「日本海流」など、家郷へのひとかたならぬ想いを詠んだ詩を数多く残しています。

 1928(昭和3)年に第一詩集『血の花が開くとき』を刊行した大江は、プロレタリア文学運動の中心で活躍。そのため1936(昭和11)年に検挙され、3カ月間留置されました。戦争下において強いられた転向と、それに続く戦争協力詩は終戦以降も大江の上に重くのしかかることになります。自身と向き合い続けた大江が導き出したものは、人間の存在仕方は根源的に対話的であり、芸術(詩)はその反映である、という自分自身の在り様とその実践としての表現行為でした。

 自身の詩作に取り組む一方で、終戦後、全国のハンセン病療養所に暮らす人々との詩を通しての交流が始まります。ハンセン病詩人たちによる作品を編纂し詩集『いのちの芽』として刊行した大江は、そこに暮らす人々と対話と詩作を重ねます。このような大江の生き方は、詩「癩者(らいしゃ)の憲章」などに代表されるように、ハンセン病を病む人々と共にあろうという彼の意志に裏打ちされたものであったといえるでしょう。

 今回は、その生涯を、代表作「四万十川」をはじめとする大江直筆の色紙や草稿、『自選詩集 地球民のうた』などの著書とともに、彼が選者として関わったハンセン病療養所の文芸誌などの資料で紹介しています。ぜひご覧ください。

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