高知県立文学館

KOCHI LITERARY MUSEUM
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文学館ニュース
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【原文】

毎度御手紙有難(ありがた)く拝し申候
又々雨にてうつとうしく存じ申候
今日も熱も出で申さず候故
もはや事もあるまじくと大き
によろこび居(おり)申候 よくなるにつ
れたいくつもましこまり申候
先達(せんだっ)ておばあに病院に験温
器をかりやり候ところなしと
申まいりまことなきとのみなれば
よくしく候え共がらすのかん
をもちかへりこれもそれにするも
の故つかへると申たとのもつてま
いり申候おばあを薬局生がだ
まし申候よしにて翌日まいり
て私にわらわれたる不足を
さんざん申候ひし由大笑い
致し候今朝は兵隊が濱(はま)へ
まいり演習を致し居り候と
の話し子供致し居り候とおば
あがサーベルをサーベラと申し又大笑
い致し候そんな事にてわら
うのみに御座候(ござそうろう)なにかおもしろ
き御話しおきかせ下され度(たく)願上候
まづ右ついでながら一寸(ちょっと)右ま
で申上候      あら
             かしこ
  五月廿(にじゅう)八日       なつ拝
旦那様



【解説】
物理学者で随筆家の寺田寅彦は、生涯で3人の妻を持ちましたが、うち2人は病気のため若くして亡くなっています。
最初の妻・夏子と結婚したのは、寅彦20歳、夏子15歳の時です。寅彦が東京帝国大学に進学した明治33年、2人は東京でようやく一緒に暮らし始めます。
しかし、その年の暮に夏子が喀血。彼女は、翌年2月から高知の種崎で療養することになりました。
明治35年5月28日付のこの手紙は、療養2年目の夏子が夫の寅彦にあてたもので、ご遺族が大切に保管していたものです。お手伝いに来ている「おばあ」の失敗談を面白おかしくつづっていますが、最後に、そんなことで笑っているだけなので、何か面白いお話を聞かせてください、とお願いしています。療養生活をなんとか明るく過ごそうとする夏子のいじらしさが伝わります。
夏子が亡くなったのはこの年の11月15日、享年20歳でした。寅彦は、彼女と過ごしたあまりにも短い間の思い出を、随筆「団栗」に記しています。

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