高知県立文学館

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文学館ニュース
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【紹介】近世文人

2020.11.08
  • 近世文人

17世紀の土佐では南学の流動の中で、大高坂芝山(しざん)・黒岩慈庵・谷秦山(じんざん)らがすぐれた漢詩を残したが、なかでも秦山は、気概に富む堂々たる詩を詠じた。 18世紀には、画家的視野で脱俗の境地を詠んだ中山高陽、謡曲

第15代土佐藩主。多分に詩人肌のところがあり、優れた詩文を多く残している。書を良くし、頼山陽を愛し、政治への悲憤と繊細な自然鑑賞を詩に詠んだ。号に鯨海酔侯など。 1827(文政10) 高知城下(現・高知市追手筋)に生まれ

漢詩人。玉池吟社の秀才。山内容堂にもその詩才を愛された。 ※「かん」は石偏に間。 1819(文政2) 長岡郡仁井田村(現・高知市仁井田)の吏職の家に生まれる。字は簡夫、通称良太郎。幼年より学を好み、岡本寧浦(ねいほ)に学

江戸時代後期の土佐藩士・漢詩人・教育者。詩社・嗽玉唫社(漱玉吟社・そうぎょくぎんしゃ)を結成。教授館学頭を務め、幅広い階層の人々の才能を受け入れ、土佐漢詩壇に多大な影響を与えた。 1785(天明5) 高知城下の南与力町に

江戸時代後期の漢詩人。日根野鏡水の嗽玉唫社(そうぎょくぎんしゃ)社友。『秦里詩稿』で土佐詩壇に性霊主義を鼓吹。絵もうまく、霞山の蓮花、楠瀬大枝の桜花、秦里の梅花を三花盟友と称した。 1786(天明6) 水通町(現・高知市

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