高知県立文学館

KOCHI LITERARY MUSEUM
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『古今和歌集』の選者として知られる貫之だが、官位は低く、土佐守に任ぜられたときは60歳を越えていた。『土佐日記』は、土佐で亡くした愛児への思慕と、都への望郷の思いが文学性を高め、我が国最初の日記文学としてその史的価値は高

五山文学は、鎌倉時代から室町時代末期にかけて五山の禅僧の制作した漢詩文。津野庄(現・津野町)出身の義堂周信と絶海中津は、五台山吸江庵の創設者・夢窓の法嗣であり、五山文学の最高峰と称される。 特に絶海は、明の杭州に留学中、

高知市生まれ。国学者・歌人。土佐で歌作に勤しむとともに『万葉集』を軸に古代文化の究明に生涯を捧げた。没後、明治天皇のご下賜金で『万葉集古義』を発行。彼の皇朝学・復古思想は、武市瑞山ら土佐勤王党の原動力となった。     

四万十市生まれ。ジャーナリスト、思想家。秋水の号は師・中江兆民の命名。上京し「万朝報」の論説記者になったが、非戦論を唱え退社。平民社をおこし反戦思想と社会主義思想の普及に努めた。大逆事件で処刑。<おもな著作>『社会主義神

高知市生まれ。思想家。フランスへ留学し、パリ・リヨンで民主主義思想の感化を受ける。ルソーの著書を『民約訳解』で日本に紹介し、自由民権運動の理論的指導者として、「東洋のルソー」と称された。<おもな著作> 『民約訳解』『三酔

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